初詣

未経験の領域へと
仕事初め最初の週が終わろうとしているが、ここまでピリピリと緊張した空気を感じた正月明けは、今迄でちょっと覚えがない。言うまでもなく世の不況が大きく陰を落としているわけだが、鈍感な私でも、今現在、未曾有の変革が将に現在進行形で始まっていると感じる。この変化は激動が終わればまた元に戻る、という類でもないだろう。価値が根本から変化しつつある。ちょっと本腰を入れて考えないととんでもない方向に流されそうな危機感を感じる。上は元旦の写真だが、初詣がほんの1週間前の出来事だという気がしない。既に1ヶ月くらい経っているような気がする。10年くらい前は、新年初日に会社で樽酒を空けていたものだったが、もうそんな牧歌的な時代に戻る事はないだろう。

2009/01/09

大原・実光院

全季節型名所
京都の中で「どの季節に行ってもそこそこ満足できる」場所の一つが大原エリア。春先良し、新緑良し、梅雨の季節も良し(屈指の紫陽花庭園がある)、夏は避暑に良し、紅葉良し、そして雪景色良し。梅雨と紅葉の季節を外せばむちゃくちゃ混むわけでもないので、定番としてお薦めできる場所。京都で雪景色が堪能できる場所はそう多くないので、特に1、2月の大原は旅行には良いスポットだと思う。下手するとドカ雪で歩き辛いこともあるかもしれないが。

2009/01/13

seagate製にご注意

seagate製HDDにご注意
先の金曜日、先月増設したばかりの内蔵HDDが唐突に壊れた。通常、HDDが壊れる前兆は異音などの気配でなんとなく判るものだが、今回は例えるなら「昨日まであんなにピンピンしていたのになぜ・・(嗚咽)」という感じで、そんな予兆は全くなかった。知りうる限りの様々なメンテナンスを試みたが、Macは一向にHDDを認識してくれない。この中には最近撮った何百枚かの写真が入っている。バックアップはとっていない。楽観的予想がどんどん覆されていくにつれ焦りが深まる。懊悩の中、ネットで知恵を借りようか等と思っている矢先、目に止まったのがこの記事。HDDの品番がまさにこの記事とビンゴで、結局初期不良を掴まされていたというオチがついた。データが復旧する見込みはないらしい。多分、この事実を知らない人もまだ大勢いるだろう。ネットの一部で騒ぎにはなっているが、多分に反応がヌルい気がする。これが日本のメーカーの話だったらどのような狂乱状態となっていただろうか。トラブル発生当初、もしかしたらインターフェースが断線だか短絡だかしたかと思って、シリアルATAのHDDをブッ刺してUSB経由で読み取るマシンまで買ったのだが、結局それも徒労だった。その機器が上の写真。ちなみにこの商品、名前を「裸族のお立ち台」という。

2009/01/21

ひまわりとなっつ

冬、エアポケットのような期間
正月から梅が咲き出す2月初旬までは、被写体を探すのに難儀する期間だ。これはひとえに写真スキルにおける自分の引き出しの少なさに起因するのだが、緑や花などの彩りがないと途端に何を撮ればいいか判らなくなる。こういう時期こそストリートスナップを撮ればいいのだが、その手の写真が非常に苦手だ。どう撮ればよいのか、迷う。時に人の猿真似でそれっぽいことを試みるのだが、だいたい何をしたいのかよくわからん写真になってしまい、帰ってから溜息をつく羽目になる。
結局、この時期は上の写真のような状況を撮ることくらいしか思いつかない。ま、これはこれで愉しいのだが。

2009/01/27

Apple keyboard

¥6400のヨロコビ
今更感はあるが、ヨドバシでApple Keyboardを衝動買いしてしまった。私自身ややApple信者気味ではあるが、それでもこれは普遍的に『上質』な商品だと言い切っていいだろう。文字を打ちながら、じわじわと喜びが湧いてくる。静かで耳に心地いい打鍵音、ややざらついたアルミの触感、急に机が広くなったかのような錯覚を感じるような薄さ・・ともかく余分なストレスを感じさせないのだ。やがて使っていくうちに細かな不満が出てくるとは思うが、この質感は代え難い快楽だ。つくづくAppleは「持つ喜び」をプロデュースするのが上手い。その根底には「引き算の美学」があるように思う。この喜び、大掃除後にがらんとした部屋を眺めて悦に入るような感覚とどこか似ているのだ。

2009/02/11

城南宮の梅

LX3とGRDの使い分け
Lumix DMC-LX3を半年使ってみて思うこと。精彩感がある絵が得られる優秀なカメラ、という印象は最初から変わらないが、やはり完全なオールラウンダーではない。開放端f2.0であり、マクロを使えば確かに背景はよくボケてくれるのだが、そのボケ方がどうも汚い。絞り羽根のせいか、理由はよくわからない。あとは「青」がやや透明感を欠くケースが多いように思う。なんとなく「くすむ」のだ。よって、この写真のように被写体に寄って青空をバックに撮影する場合などでは、GRDの方を未だに多用する。特に、時々GRDが叩き出す青、これは後処理では真似できない。「GRブルー」という言葉は伊達ではない。

2009/02/22

「ねこ会議」のほん

photobackで本を作った
photobackという個人の写真を製本化してくれるサービスがあり、ずっと興味はあったのだが機会が無くてパスしていた。が、猫カフェ狂いの成果を形にできないかとふと思い立ったのを幸い、最も足繁く通っている猫カフェ、「ねこ会議」さんの猫たちを切り口に写真をまとめてみた。アップロードして編集の後、1週間くらいで本が上がってきた。出来はどうか。あまりphotoback自体を悪く言う人はいないのだが、写真自身の出来を度外視して一言。印刷品質が少々残念。レーザープリンタを使っているらしいが、やはり色の出方がチープだ。オフセット印刷の出来映えを期待した方が悪いのかもしれないが・・。ともかく、本家本元の「ねこ会議」さんに昨日献本してきた。本の中身はここから見ることができます。

2009/03/16

金福寺の猫

金福寺の猫再び
再び京都・金福寺のにゃんこに会いに行った。昨年の紅葉の時季以来になる。ここには年嵩の三毛と若い茶トラ、2匹のにゃんこが住み着いていて、その筋(どんな筋だ)では有名な寺。前回訪れた時は茶トラが甘えたで微笑ましいくらい可愛かった。そして今回、この茶トラの甘えた度が迷惑なくらい強化されていたのだった。何しろ大好きな膝の上から下ろそうとすると服に思い切り爪を立てて嫌がり、挙句には腕を思い切り噛んで抵抗する。結果、ズボンの何箇所かに致命的な穴が空き、今も二の腕に歯形が残る羽目になった。ただ、問題はむしろこれに全く怒りを感じない自分の方だと思う。

2009/03/22

カフェ・キルフェボンにて

朋有り、遠方より来たる。
話しすぎて半日で声が枯れた。
楽しかったのが、自称晴れ男と自称晴れ女が自信満々で集った結果が思いっきり雨だったこと。そういうものなのかもしれない。ピークを迎えつつある、咲き誇る京都の桜をもっと満喫して欲しかったが、こればかりは天任せ、仕方がない。ミサイルが降ってこなかっただけマシっていうもんでしょう。

2009/04/04

天満橋の桜

桜前線を追いかけて '09
醍醐寺。鴨川沿い。祇園白川。知恩院。護国神社。大阪天満橋。原谷苑。仁和寺。妙心寺退蔵院。これが今年桜を撮りに行った場所。悔いが残るとすれば、早朝の南禅寺に行けなかったことくらいか。しかし、これだけの場所に行っても、いつものことながら、面白いくらいに写真の出来が悪い。桜は本当に難しいモチーフだ。つい「おお桜が咲いてるっ」と興奮して浮き足立つのも良くないのだろう。単純です。今迄の自分の写真を眺めても、そこそこ得心がいく桜の写真は片手で余る程度しかない。

2009/04/13

及川光博コレクション

病状進行中
自分でもおかしいと思う。なんでこんなにミッチーグッズばかり買い漁るのか。自らの快楽原理に従った結果がこれだ。男には興味なかったはずなんですがね。
及川光博ってこういう声を自分の中で自動生成している気がする。そこが羨ましいのかもしれないな。

2009/04/21

プチ展覧会

ねこ展
いつもの猫カフェ、京都「ねこ会議」さんのプレイスペースをお借りして、計12枚の写真を展示させて頂いた。こういう試みは初めてなので新鮮に感じる。カフェの雰囲気を壊していなければいいのだが。しれっと他の猫カフェで撮影した写真を持ち込んだら、微妙な空気が流れただろう。スタッフの方々がどんな顔をするかちょっと見たかったのだが、悪戯心は一応自重した。大人ですから。

2009/05/10

そうだ京都、行こう

試行錯誤中
写真の話。どうも現状不満足の時期に入っている。京都の寺社仏閣を撮る事が多いわけだが、その時々の張りつめた静寂、それぞれの宗教観に根ざした緊張感、差し込む日差しの彩り、そして畳に落ちる影・・・どう撮ってもその半分も表現できていない。いや、半分というのもおこがましい。何かいい手本はないかと探したのが、この「そうだ京都、行こう」のポスター。上の写真はそのパロディー。改めてこれらのポスターをしげしげと見ると、ほとんどの写真でむしろ大胆な後処理が施されている。色目はナチュラルじゃない場合が多い。しかしそこから醸される雰囲気は「京都かくあれかし」のイメージに沿っている。ただ、場合場合でどんな後処理が適切か、答えはないんだな。迷い迷いしながら、ベターな解を模索している最中だ。

2009/05/16

「猫の時間」にて

荒んだ猫
所用があったついでに、久しぶりに大阪の天満にある猫カフェに行った。御存知の通り、この天満というエリアはいわゆる「キタ」という比較的上品な立地の中、庶民的というか、いかにも太閤検地の頃からの大阪人的人々が多く住まうところだ。だから猫カフェの客も大阪人らしく遠慮がないというか、「注意すべきレベルでもないが、かなりがさつ」な猫の扱いかたをする人が多い。その帰結として、どの猫もずっと警戒心を解かない傾向があった。呑気な猫とは目がどこか違う。強気な猫などはずっとぷりぷり怒っていた。どの場所に猫カフェを構えるか、というのも居心地の良さを演出するという観点で重要なファクターだと思う。しかし、猫にシャーなどと威嚇されて思わずすみませんと言ってしまう自分もナサケナイ。

2009/05/31

Leopard

Leopard入れました
思いっきり時期を外している。リリースが2007/10のOSを今頃インストールして何を喜んでいるのか、という話だが、はい。思いっきり楽しんでおります。特にこのデスクトップを広げる"spaces"が最高。使いやすさ4倍増。iTunesで音楽を聞きながらライブ映像を見ることがあるのか、ということはおいといて。しかし会社でWindowsXPを使う時のフラストレーションが更に高まった。どうしてくれよう。使いにくくて仕様がない。左下の「スタート」の文字に殺意が湧く今日この頃である。

2009/06/27

Mabuhay

機内誌に写真が載りました
たまにflickr mailで「あんたのこれこれの写真を何々に使わせて欲しい」というオファーが来る。個人からも法人からも来る。そんなメールが来る度に、どうぞどうぞ使用も加工も自由ですよ、興味あるからどんな風に使ったか教えてね、と書いて返送する。個人の方は概ね義理堅い。「有難う、こんな風に使ったよ」といったメールを入れてくれて非常に清々しい。しかし一方法人の場合、フォローのメールが入ったことなど一度もなかった。フィリピン航空の機内誌発行元(mabuhayと言うらしい)から同様のメールが入ったのがこの3月。またかと思い、大して期待もせずにやはり同様の返事を書いて、そのまま忘れていた。すると先日、佐川経由でDHLの得体の知れない届け物が来ていて、開けてみるとこれが写真の掲載誌とシティバンク(笑)の小切手だった。疑ってごめんよフィリピン航空。たまには仁義を通してくれる企業もあるようだ。

2009/07/20

ねこまるけ、にて

責任を背負うということ
所用があったついでに、先日、滋賀県の草津市に最近できた猫カフェに寄ってきた。開店してまだ半月ということで、店員さんの態度もまだどこか初々しい。猫も元野良猫が多い上、まだ充分人慣れしていなくて、物珍しさで極端に玩具に喰いつく子もいれば、まだおそるおそるといった風情の子もいる。そんな中、店を経営している若いご夫婦と暫く四方山話をしていた。伝わってきたのは、覚悟とかすかな不安。勤めていた会社を辞めて個人事業を行うということの覚悟の程は、このご時世だからこそ、痛い程判る。奥さんが「里親の付かない成猫を優先的に引き取っていきたい。18匹までなら面倒を見たい」と言っていた。ビジョンと営利の狭間でバランスをとるのは大変難しいことだと思うが、頑張ってほしいと思った。でも、すみません、応援するには草津は遠すぎます。覚悟が足りてませんっ。

2009/08/04

猫を撮るエリックさん

妙に遠慮がちなひと
もう先週の話になるが、京都に来たカナダ人を猫カフェで接待した。そしてカフェで散々写真を撮りまくった後、どこに行くかという話になって、まあとりあえずお茶しますかと、近所のホテルの喫茶店に連れて行った。彼は抹茶アイスクリームが食べたいという。オーダーを済ませ、私はトイレに行くために席を立った。そして戻ってくる道すがら彼の後姿が見えたのだが、それが妙に小さく見えた。背中を丸めていて大柄の体がすっかり背凭れに隠れている。どうしたんだと様子を見るとアイスクリームが白い。彼はまじまじとそれを見つめているのだった。「抹茶と違うじゃない」「いやいいです」「交換してもらおう」「いやいいです」「当然の権利ですよ」「でもちょっと食べた・・(と言ってアイスの端を指差す)」「ええねんてば」そしてアイスは無事交換された。この人は非常に日本贔屓なのだが、こういうメンタリティーだから日本を好きになったのか、日本に肩入れするにつれて奥床しさを体得したのか、その点はよくわからない。

2009/10/11

風呂猫

猫カフェに洗面器を持ち込む男
風呂(に入っているような)猫写真を撮るためにごく軽い気持で持って行ったのだが、案に相違してスタッフの方々にお手数をお掛けする羽目になった。猫が入りやすいようにとタオルを底に敷いてくれたり、なだめすかしてようやく猫が洗面器の中で落ち着いてくれた後には、もっと感じを出しましょうと富士山の絵をネットで検索してプリントアウト、銭湯の背景っぽく猫の背後で持っていてくれたり、小道具にどうぞとシャンプーのミニボトルを持ってきてくれたり、客の勝手な思いつきで営業と全く関係のない時間をとらせてしまった。恐縮の至りである。しかし、猫カフェに限らず、店と客のインタラクションがこんな形で生まれる例を他にぱっと思いつかないのだ。そういう意味でも「ねこ会議」は稀有だと思う。前にも書いたかな。スタッフの方々がここを読んでいるからというおべんちゃらではなく。いや本当に。

2009/11/08