December 21, 2009
2009年の「光」たち
Category : 写真・flickr
今年出逢った様々な光。
カメラを片手に握りしめていなければ気付かなかっただろう、
数年前ならそのまま見過ごしていたに違いない光。
勿体ない生き方だったのだろうな。
全てGRD3で撮影しています。
すべての光たちに感謝。
2009/9/12に撮影。場所は京都、河原町御池。三脚は持っていなかったが、路傍の石段にカメラを押し付けて安定させながら、何とか手振れを押さえてシャッターを切った。また、暗所でも「明暗差ができるだけはっきりした箇所にターゲットマークを向けてコントラストAFを使う(つまりマクロモードを使う)」ことで割と狙った通りに合焦しやすくなる。成功の確率は上がると思う。
GR BLOG トラックバック企画、"光"に参加します。
October 25, 2009
レタッチの舞台裏(Lightroomを使って)
Category : 写真・flickr
GR BLOG トラックバック企画、"レタッチ"に参加します。
私のあんな過去やあんな恥ずかしい失敗も、
いっそスポット修正ツールでレタッチしちゃいたい、
そう感じてしまう今日この頃です。
では、過去のレタッチ事例の舞台裏を2例ご紹介します。
レタッチのツールはAdobe Lightroom(以下LR)、
いずれもGRD3で撮影しています。
まずは事例1。
2009/9/20に撮影。場所は愛媛県の下灘駅。時間は夕方5時頃で、向かって左から強い夕陽が差し込んでいる。ここは海沿いの無人駅で、松山市内からは宇和島行きのJRの鈍行で1時間程度の距離。この駅、無人駅マニアの間では有名で、この日も、シルバーウイークということもあってか、夕暮れ時にはでかい一眼を持った方々が20人程いた。で、上の人はそのマニアの方が連れてきたモデルの1人。誰かのモデルを勝手に皆で撮るような雰囲気が自然にできていて笑えた。これは比較的穏やかなレタッチの一例。

これが上の写真のレタッチ前、RAWそのままの状態。この状態から、海と空の青を取り戻し、全体的に歯切れ良くさせようと試みた。この写真ではやや薄めの青も、LRで楽に復元できた。青の彩度を高め、輝度を落とし、色温度・色かぶり補正操作で色彩を微調整した。左サイド、飛び気味の階調も、トーンカーブ操作でメリハリがかなり回復している。GRD3のRAWは非常に扱いやすい。
で、これが事例2。

そしてこれがレタッチ前。のっぺりしていていまいちパンチに欠ける。ではいっそのこととばかりに、色かぶり補正を大きく緑方向に倒し、そして色温度を上げた。ちなみに色かぶり補正値は-85。通常使わない値。色温度を上げたのは床のトーンを変えるため。加えて赤い人を際立たせるため、赤の彩度を上げ、輝度を下げた。
いつもこんな感覚で作業しています。
LRは本当、よくできたアプリケーションで、
もうこれ無しの生活は考えられません。
July 23, 2009
Twitter、この危険性を孕んだもの。
Category : Web一般
あの、私、Twitterを始めたでしょう。
で、フォローしたい人も当座思い浮かばないもんで、
勝間和代さんと広瀬香美さんをとりあえずフォローしたんですよ。
そしたらね、画面がもう2人の公開チャット状態なんですよ。
夜は特に、
勝間、勝間、広瀬、広瀬、広瀬、勝間、広瀬、勝間、
みたいに、だーっとメッセージが並ぶ。
ゲシュタルト崩壊起こしそうになりますよね。
でね、勝間さんは特に、外野というか、
メッセージを投げて来る相手にマメに返事してるんです。
で、私もつい、こう思ってしまっちゃってるんですよね。
「お、勝間、強面の癖になかなかいい奴じゃん」
ダメでしょ、簡単にそう思っちゃ。
そもそも、私が今更Twitter始めたのは、
自民党と民主党の議員が、
なんかの話題をTwitter上でしてて、
それでその話題に関しては党の垣根を超える感じで
意気投合してたってのが一部はてな住民の中で話題になってて、
その様子を見て、もしかするとこのツールは様々な意味で、
人と人との距離をぐぐっと縮めてくれるんじゃないか、
まだまだ大きなポテンシャルを秘めたツールなんじゃないか、
そう思ったのがきっかけなんです。
これはツールそのものの威力というより、
Twitterが現在の大ブレイクまで数年かけて、
「Twitter上では挨拶もなしにずけずけモノが言える」
ような雰囲気が醸成されてきたってのが大きいと思いますけどね。
距離を縮めるのはいいことなんですよ。
双方がそう思っているのならほんといいことだと思います。
でも片方だけ、有名人←→非有名人の間のやりとりで、
非有名人側だけが、
「距離縮まった!イエイ!」
そう思ってたとしたら?
営業ツールですよね。Twitter。
そういう目で見ると、
上の、勝間さん・広瀬さんのやりとりも、
どうもきな臭く見えてくるんです。半分演出なんじゃないかと。
双方、毎日新聞系のメディアに連載を持っている。
ま、自然発生的なものだと本人は言ってますけどね。
でも、100%とは言いませんが、
30%、あるいは70%、猿芝居のような気もするんです。
あのね、私は外国のことは知りませんよ。
単なる感覚で物言ってますけど、日本人は、
「有名人にちょっと気にかけてもらえるだけで、
その人に対する好感度がうんと上がる」
傾向が強いように思うんですよ。
だから、上の勝間さんみたいに、
マメに市井の人々にレス付けるだけで、
本人のみならずそれを見ている周りの人たちの好感度も格段に上がっている、
なんか見ていてそんな感じがするんです。
で、これは好感度上昇バイアスを掛けられてるんじゃないか、
一種の情報操作じゃないか。そんな気がしてならないんです。
だから、私はTwitterは公選法違反という見解に賛成です。
どうもネット住民はこの見解に否定的みたいですけど。
私はまだ、こんなピアツーピアのやりとりの中で、
情緒に流されないネットリテラシーを、
多くの人が持っているようには思えないんですよ。
まだ機が熟していない、そう思います。
あるトピックについて、
政治家と純粋に直接的に議論する場がある、
これはいいことだと思います。
でも、それは市井の人々が明確な問題意識を持っている、
これが大前提で、
「やった、有名人からレス貰ったぜ」
などとはしゃいでるうちはまだまだだな、そう思います。
いや。私も人のことは言える立場じゃないですよ。
私もその手の情緒に流されがちな人です。
数年前、村上春樹から直接メールが来て、
相当な勢いではしゃいでましたから。
だから、上記は自戒に近いです。
「はしゃぐな。ちゃんと本質を見ろ」
日々、自分に対して言い聞かせてます。
July 18, 2009
歩くことで、あら、こんなに悟れる?
Category : 日常雑事
先日、本を読んでいて、こんな一節が目に留った。
心がおっつかないから迷ったり、生きるのがしんどくなる。世の中だってぎくしゃくしてくる……。もういっぺん振り出しに戻ったり、本来の姿を振り返る必要があるんじゃないかと思う。
それには、歩くことなんじゃないかな。人間の自然な姿は歩くことだから、歩くことは人間を振り出しに戻してくれる、なにかを振り返らせてくれるような気がする。原点かもしれない。地べたに自分の足がつくことで、大地とふれあい、大地の力をいただくことができる。
引用元:「一日一生」酒井雄哉
著者は天台宗の大阿闍梨で、
千日回峰行という想像の域を超えた修行を積み重ねてきた人。
で、この修行はともかく歩く。一日85km歩く時もあるという。
そんな方が上のようなことを言うと説得力がある。
なぜ歩くかというと、歩くことは座禅と通じるかららしい。
天台宗には「歩行禅」という考え方があるという。
歩きながら悟りを得るわけだ。
これを読んだ私はすっかり感化されて、
本日7/18を歩行禅の日にしようと考えた。
正午あたりから夜までともかく歩き続けようと思った。
しかし、例のトラップであっさり挫折した。
出町柳を起点に三宅八幡あたりまで歩いてみて、
その後は成り行きに任せようという計画だった。
銀閣寺に到達後、白川通りを北上するまでは良かった。
ここで、ふと「金福寺」に寄ろうと思ったのが運の尽き。

おなじみ、金福寺の猫。全力で甘えてきます。
この寺に住み着いた猫を膝に乗せて遊んでいて、
気付くと2時間座ってのんびりしていた。
もうすっかり気が抜けてしまって、
一乗寺のラーメン屋で行列に並んでまでして
チャーシューメンとでかい唐揚げを喰って帰ってきた。
何かあんたの大事なものを断て。
そうすればあんたの望みを叶えてやる、と言われても
猫断ちは拒否しそうな気がする。
うまいもん断ちも駄目だな。
あと、あれとあれとあれもちょっと無理だな。
キョリ測で今日の歩行距離を見積もると約10km。
勿論何も悟れなかったが、ただ、ずっと歩き続けていると、
だんだん世界が綺麗に見えてくるような気がする。
美しいものがパノラマになって、
視界の左右をさーっと流れていくような、そんな感覚。
多分何かの脳内物質のせいだと思うが、
歩くことは元気に繋がっているようだ。
歩行禅とは、
「この世の中も結構捨てたもんじゃないぜ」と
感じるための技術かもしれない。
May 19, 2009
此頃関西ニハヤル物
Category : 日常雑事
熱が出た。
ここ数日断続的に悪寒を感じていたのだが、
月曜になって本格的に頭がぼおっとしてきた。
まずい、と思って、会社は定時でさっさと引き上げた。
帰る時、先に周囲に謝っておいた。
「H1N1、うつしてたらごめんね」。一斉に複雑な顔をされた。
家に帰って体温を測ると微熱がある。37.1℃。微妙な数値だ。
インフルならもっとガッと熱が上がるもんだ。
しかし、こっちは風邪に対しては結構な自信を持っている。
ここ数年は会社を休む程の風邪をひいていない。
私の耐風邪属性と新型インフルの力が拮抗しているだけかもしれない。
今朝、症状はほとんど変わらない。
軽い微熱はあるが食欲もある。ただ軽い吐き気がする。
地元の保健所に電話を掛けた。一通り症状を話す。
「最近海外には行かれましたか」
「いいえ」
「最近、神戸の方に出かけられましたか」
「いいえないです」
「じゃあ普通の外来に行って下さい」
「職場で神戸やら吹田、茨木方面の人もいますけど」
「大丈夫です。普通の外来に行って下さい」
えーんかいな。訝りながら近所の内科に行く。
マスク越しに状況を話す。
保健所からこんな風に言われたんで来たんですけどね。
受付の姉さんの顔色が変わる。
「ちょちょちょ」みたいな感じで別室に連れて行かれた。
マスクメンに囲まれて再度状況説明。
体温を測ると更に微妙に数値が上がっている。37.4℃。
場の緊張感が増した気がした。
院長先生の登場を待つ間、職場に実況中継をする。
「今別室でね、検査受けてるんですけどね、まだ結論出てないです、へへ」
先生が来た。
流石というか、一瞥で見切った。
「あ、まあ大丈夫でしょう」
一応検査しますね、と鼻の粘膜を採取され、暫し待つ。
「今、この地域には患者は出てませんからね、可能性は低いと思いますよ」
検査結果、インフル陰性。めでたしめでたし。
今回のこのインフル騒ぎが大げさだと言う向きもあるようだが、
私はこのくらいでいいと思う。
後で「あの時、ちょっと怖がりすぎたよねあはは」、
と笑い話にするくらいでいい。
政府、自治体がどのような対応をしても批判は出る。
これはヤバい、と感じるアンテナと行動に移す勇気が重要であって、
無策が一番拙い。個人レベルでも、そうだ。
しかし、インフルじゃないと判って、なんか物足りないのだ。
最先端の流行ものに乗っかれなかった、ああ残念、という気分か。
March 6, 2009
御礼TB、そして猫祭りふたたび
Category : 写真・flickr
GR BLOG運営の皆様、
この度はTB企画「猫」に選出頂き有難うございました。
素直に嬉しいです。
そんなわけで、猫祭りふたたび。
全てGRDで撮影しました。
思えば、この時はにゃんこに指一本触れようともしなかった。プラトニックを貫いたわけだ。まだこの頃はにゃんこを見てもどう扱えばいいか判らなかった。びっくりして逃げられるか逆に噛まれるか、全く予想がつかなかったのだ。その後、そこらへんの間合いの取り方は全て猫カフェで学んだ。まあ、偉そうに言うことでもない。

人懐こいにゃんこその1。京都の金福寺にいる猫。住職の息子さんが近所をランニングしていると後をついてきて、そのまま寺に居ついてしまった由。ここにはまた行きたい。このにゃんこに会いにいくためだけに。

人懐こいにゃんこその2。ご近所随一の甘えた猫。人を見ればすりよって来て、そのほっぺを足にすりすりする。しばらく遊んだ後で立ち去ろうとすると、「もう行くの?」と言わんばかりにとことこと追いかけて来る。その度、ちょっとくらい警戒しろよ、とよくよく言い含んでから去るのだが。本当、猫の個性は様々だ。
February 6, 2009
私のGRを通り過ぎた猫たち
Category : 写真・flickr
なにい。GR BLOGで「猫祭り」開催中ですと?
そりゃ黙っておれますまい。
では、今まで撮った猫写真の中から初代GRDで撮ったものをピックアップしてみましょう。
2007/6/16に撮影。場所は京都、哲学の道の路傍で。
この頃はまだ自分自身の猫好き傾向に気付いていなくて、まだ冷静に撮っていた。この仔たちと遊んでいたのもほんの30分程度だったと記憶している。今じゃそんなわけにはいかないだろう。「連れて帰りたい・・でもできない・・」というコンフリクトの中で懊悩するに違いない。
2008/11/1に撮影。場所は尾道。
最初は警戒心が強い野良だったが、考え得る限りの作戦を駆使した結果、最終的にはこちらのほっぺもふもふ攻撃に応じるようになってくれた。野良猫と遊ぶ醍醐味は、相手の警戒心をいかに解くかという駆け引きにある。まあだいたい失敗するけれど。
2008/9/3に撮影。おなじみ京都の猫カフェ「ねこ会議」さんで。
ここのにゃんこはみんな可愛すぎて困る。
いやあ。久しぶりのblogポストは緊張するなあっはっは。
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