August 1, 2005

 

Category : 日常雑事

夕方、ホテルの喫茶店で本を読んでいた。
ホテルの喫茶店、確かに料金は高価い。
でもコーヒーも好き放題お代わりできるし、
雰囲気もほどほどにざわつき、ほどほどに静かなので、
落ち着いて本が読める。
だからわざわざ京都にまで出向いてここまでやってくる。

早めに夕食を済ませたので、まだ日は高い。
傍には結婚式帰りの人と思しき面々が顔を赫らめ、
礼服を着崩しながら誰それの噂話に興じていた。

18:00を過ぎると、礼服の人たちは去った。
急に辺りが静まり返ったような気がした。
いや。急にはっきりとある声が聞き取れだした。
考えてみれば、通奏低音のように喧噪の背後にはいつもその声があった。

その声は後ろから聞こえてきた。
「へーそうなの。身長いくつなの。ネ。158cm。ネ。ちょっと低いけどネ。でもネ。んー。ヒールとか履けばネ。ネ。もっと低いとかだとネ。服探すとかも大変だもんネ。んー。そ。アルバイトの人。学校どこなの。ネ。京都なの。あーそうなんだ。何回生。あーそうなの」

席をひとつ空けた後ろに奴はいた。50前後の風貌。
ヘリンボーンのジャケットで痩せぎすの身体を覆っている。
年の割に多い白髪混じりの髪、尖った顎、
人によっては人懐こく見えるだろうぐりぐりとした目。
ウェイトレスと話していた。
媚びたような甲高い声音が耳に障った。

奴の携帯が鳴った。
「あそうなのネ。うん。ロビーのネ。とこでネ。居るから。そうそう。入ってきてネ。うん。じゃよろしくネ」

待ち合わせの相手が来たのは、すぐに判った。振り向かずでもわかる。
「あー遠いとこありがとネ。うん。わざわざネ。交通費くらいはネ。すぐ出るからネ。時給3000円だから。今日はネ。もう普段通りでいいからネ。もうネ。力入れなくてもいいからネ」

もう私は本を読むことをすっかり諦めている。
「そうなの。うん。今ネ。食事されてるから。ネ。それ終わるまで、ネ。あ、いいから飲んでネ。そう。今流行りのネ。IT関連の人ばっかりでネ。ホリエモンみたいなネ。5人いるからネ。そうネ。一人一人ネ。順番に話したりしてネ。うん。普段通りで」

女性の声は「はい」とか「はあ」くらいしか聞こえない。
「大学の一回生。ネ。いいよネ。身長は。うん。いいよネ。やっぱりネ。高くないと。いまどこすんでるの。ネ。いいよネ。今はネ。大変だからネ。リストラとか。うん。専門職をネ。持ってないとネ。お父さんは。あそ。うん。今ねあぶれるとネ。もうネ。後ろからネ。刺されちゃうから(※注 飛躍した)。うん。怖いネ。何持ってるかわかんないもんネ」

男の声は留まることを知らない。
しかも話は無益な方に無益な方に流れていく。
私は妙に感心してしまった。
一方的にこうやって話続けること自体、私には到底不可能だ。
奴なら例えダッチワイフ相手でもいくらでも話せるのだろう。

すっかり辺りは暗くなっていた。
開けたまま一向にページが進まなかった本をしまい、席を立った。

帰り際に男と目が合った。奴はいくらピンハネしているのだろう。
何でもいいからともかく話を続けることができる、
という技量も、奴のスキルのひとつなのだろうか。

同時に、俯き加減の女性も見えた。
高校まで真面目一本槍だった、ように見えた。暗い目をしていた。
見かけじゃ、何もわからない。
ただ、少なくとも5人のホリエモン相手に渡り合える風ではなかった。

私はそのままレジに向かった。レジから2人の姿は見えなかった。

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