September 25, 2005

人はみな悩みの中 

Category : 日常雑事

ふらりと三条河原町の紀伊国屋書店に寄った。
時刻は既に午後7時を廻っていた。
店の入口では何やら人だかりがしている。

そこには10人くらいの手相見が並んでいた。
向かいでは同じ姿勢で背を丸め、同じく手を凝視する人々。
その後背後には待ち人約20人が並んでいる。
カップルや女性同士のペアばかりだ。
指定の本を2冊買えば手相を観て貰えるという。
本代総計¥980。相場からすれば安い。

占いの様子

斜め後からそんな様子をぼんやり眺めていると、
眼鏡のお姉ちゃんが何かボードを持ってすう、と近づいてきた。
「すごくよく当たるんですよぉ」
などと言う。
「過去のコトを当てられる先生のお弟子さんたちなんですぅ、
私もすごく当たっててぇ」
そしてここにいる手相見たちは
皆相応のキャリアを有するのだと言いつのる。
じゃあやってみますわ。過去。当ててみせたら大したもんだ。

お姉ちゃんの持っていたボードはお悩みを書くための下敷きだった。
そこにあらかじめ相談内容を書いておけという。
とはいえ、見ず知らずの第三者に別段相談したいことなどない。
しばし躊躇の後、「仕事のこと」と書いた。
残念ながらプラトニックな恋患いで身を焦がす
若きウェルテルな時期は過ぎた。

長い行列の中で30分は待った。
占いは一人だいたい10分以上掛けている。
妙に熱心だ。後ろからさりげなく聞き耳を立てるも、
断片的な声音がぼそぼそと聞こえるばかりだ。
折角だからしっかり語ってもらわないと損、
というセコい経済観念が働き、
私は無理をして精一杯愛想の良い顔を作る。

順番が回ってきた。手相見は初老のおばちゃんだった。
こんちわ。よろしくお願いします。にこ。

「仕事の何でお困りですか」
えと。ああ。自分に合ってる仕事なのかいまいち確信が持てなくて。
「そうですねえ(手元の相談シートを見る)誕生年が**ですから、
あなたは****なんで・・」
そもそも1年単位の大括りで人の運勢をああだこうだ言う、
この手の占いは殊更信用していない。
手相を見るんじゃないんですか?

「いや。手相は後で。で、あなた愛想がいいから・・」
え?
「今営業系のお仕事ですよね」
え?
「あ、と」

おばちゃんの目が一瞬泳いだ。
困らせてやろうという意図はないのだが、
正反対のことを言われるとあからさまに態度が怪訝になる。

可哀想になってきたので、
節目節目で大きなストロークで頷き、同意を示した。
「ここの親指のラインの交差は仏眼といって・・」
「ほら、ここの生命線が・・」
ちょっとおばちゃんが復活した。

しかし、自分の特性や未来予想図をいくら語られても興味はない。
焦点はこの人が私の過去を当てられるかどうか。
そういう奇術的興味だけでわざわざ待ったのだ。

で、過去はどうなんです?
あなたから見えているものを教えて頂きたいんですが。
「確かに私の先生はそういうことをしますが、私はできません」

畜生。騙しやがった。あの眼鏡女が。
心の中で毒づいたが、確かにここにいる手相見が過去を当てるとは
一言も言っていなかったことに気付いた。
私はこの手の好都合な早とちりをよく犯す。
セールストークに真っ先に騙されるタイプだ。

歯噛みしていると、おばちゃんが口調を変えた。
「それでね。あなた、エゴイスティックな面がありますね。
そこが今の違和感のみなもとだと思うのよ」
確かにエゴイスティックです。返す言葉もございません。

「あなたのその魂を救う手段があります。そうなれば、」
え。魂、ですか。
「ここに行ってみて下さい」
脇から地図を出し、鉛筆である地点にぐるぐると何重にも円を描く。
「3万円と5万円のコースがあります」
ソープランドかよ。何の話ですか。
「有難いお祓いです」
机を蹴飛ばして立ち上がろうかと思ったが、
他に怒ったり、ボケ殺すぞと叫んだりしている人がいないので
辛うじて踏みとどまった。

あの。宗教団体のヒトだったんですか?
「はい」
返答の素直さに拍子抜けし、
一旦振り上げた拳を振り下ろせなくなった。
しかしよくよくベタな策略に引っ掛かったものだ。
これも天下の紀伊国屋が宗教団体に軒先を貸すのが悪い。
いや、考えてみれば大川隆法の本も書店で普通に売ってるから
別段おかしくもないのか。よくわからなくなった。

「今日があなたの人生の転機となるかもしれません」
アホぬかせ。我慢していると、おばちゃんは身の上を語りだした。

「私が30の頃に娘を産んで、今も一緒に暮らしています。
この子は智恵遅れでした。娘はもう今年で32ですが独り立ちできません。
その間に離婚もしました。今も家計を支えるために事務で働いています。
今の上司は酷く陰湿で、この人嫌さに何人もの部下が辞めていきました。
私はそんな人相手でも笑っていられます。支えがあるからです」

私はまた騙されたのかもしれない。
だが、この話の大半は多分真実なんだろうと感じた。
新興宗教に寄る辺を求めるのは最高の解ではないが、
きっと最悪の解でもないのだろう。
少なくともこの人は今生きているし、笑う力もある。

私が本当の窮地に陥った時、
この手相見と同様、外に縋るものを求めてしまうのだろうか?
対象を選べば宗教への帰依は決して悪いことではないという
グローバルでは一般的な意見を私は未だうまく呑み込めないでいる。

帰り際に本を買わされた。
ちらと内容を読むと
「火星ツアーをしてあげるとみな感激する」だの
「海王星にはまだ行ったことがない」だのと書いてある。
本はすぐに屑箱に抛ったので細かい内容は覚えていない。
著者は深見某という名前だったと思う。

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