August 17, 2006

筒井康隆「愛のひだりがわ」 

Category : 読書(他人の褌)

筒井作品の再評価は必然

筒井康隆は私と同年代の人々にとって、特別な存在である。

筒井氏が丁度脂の乗った作品を連発していた頃に
多感な時期を迎えた当時の青少年は、
これらを読んでしっかりと、
「マスコミ不信」「前衛の価値」「エスタブリッシュメントの危険性」等々の
価値基準を植え付けられることになる。

現在の筒井作品の映像化連発現象は、そんな、当時影響を受けた人たちが
気鋭の若手クリエーターとなったことが理由のひとつ。
業の深い時限爆弾が連鎖しながら爆発しているのだ。

私は筒井氏の文庫化された作品のうち、95%は読んでいるはずだ。
20年以上、読み続けていることになる。本作は最近文庫化された作品。

ジュブナイルと銘打たれているが、
それだけで少年少女向けだと判断してしまっては勿体ない。
歴とした大人のファンタジー小説である。

基本は水戸黄門だが、しかし

舞台は近未来の日本。モラルの荒廃が進み、
街には日常茶飯のように死体が溢れ、もはや警察は役に立たず、
民間の自警団が街への侵入者に目を光らせている。
主人公は左手の不自由な小学生の少女である。
その少女の名前を「月岡愛」という。

題名の意味はつまりそういうことである。
その「ひだりがわ」に立つのは、時には爺さんであり、
同級生の少年であり、おおきな犬であったりするのだが、
彼らは主人公の庇護者として立ち現れる。

主人公は幼い頃に家を出た父親を探すために故郷を旅立つ。
無法国家となった日本を、少女が一人で徒歩の旅をするわけで、
当然その過程で事件が度々起こる。
そしてその時々で、かわるがわる、主人公のひだりがわには誰かが立っている。
そう。そこからの読者の予測は最後までほぼ外れることはない。
エンディング近く、それまでに受けた抑圧を吐き出すかのように、
主人公たちが「敵」を討ち取っていくプロセスは、期待通りきっちりと痛快である。

しかし、主人公は最後に至るまでの過程で、2つのものを失う。
それらは成長と共に、我々が失ってきたものでもある。
喪失感は爽快さと混ざり、複雑な読後感となって残る。
(「魔女の宅急便」と似てる、という人はいるだろうけど)

筒井氏の小説では、主人公が女性の場合はだいたいが美人として描かれる。
本作も例に漏れない。「美少女」である。そして芯が強い。
確かに、美人の方が、主人公へのインタラクションを描きやすいだろうし、
読者も感情移入しやすいのだろうが、作者の好悪も多分に反映していると邪推する。
また、筒井作品ではおなじみの、犬への偏愛が随所で読み取れるのも、
本作の微笑ましいところ。

愛のひだりがわ

ちなみに個人的な筒井作品のお薦めは、
「ヨッパ谷への降下(短編)」「夢の木坂分岐点」
「おれの血は他人の血(絶版?)」「大いなる助走」・・等。
特に最初の2つは、いわく表現し難い余韻が残る傑作。

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